Muchas Gracias Especia

2014年2月。地元のショッピングモールのイルミネーションで彩られた噴水ステージ。抜群のロケーションの中「海辺のサティ」で始まったライブを観たときからずっとEspeciaから目が離せないままだ。80年代のオマージュだと言われつつもその時代を過ごしていないぼくにとって彼女たちの音楽はすべてが新しく刺激的だった。特にサウンドプロデューサーSchtein&Longerの存在が大きいだろう。おもしろいものはすべて取り入れて圧倒的な速度でアウトプットする悪ふざけ混じりのアプローチに対して、それを聞き手はいかにおもしろがれるかという勝負にも似た関係があった。オマージュ的な焼き増しではなくそれらをサンプリングしつつ再構築された10年代の音は、飽きっぽいネットディガーの心も掴んで離さなかった。

試しにここ数年の音楽シーンのトレンドをいくつかあげてみよう。Daft Punk「Get Lucky」をきっかけとするDisco Revival。Kendrick LamarやFlying LotusらによるHipHopとJazzのクロスオーバー。The Internetを筆頭とするバンド編成でのSoul/HipHop。EDMから派生したFuture系ビート。日本であれば、ネットレーベルによる無料配信音源の増加。MCバトルから火がついたHipHopブーム。City Popと呼ばれるブラックミュージックを基調とするバンドの台頭…。などなどいくつかあげてみたが清々しいほどEspeciaが既に取り入れたものばかりだ。世界のトレンドを一色に変えた「Get Lucky」よりも早くそれをやっていたし、ネット上で虚構的に存在していたVaporwaveを構成するひとつでもあった。
S&Lは別名義Joey MegroでもFuture系ビートをいち早く取り入れ、トレンドサウンドをポップスに仕上げる手法で図らずとも日本での最先端の音を提示していた。贔屓目は多少あるかもしれないが、日本のポップスをひとつ上のフェーズに持ち上げたのは間違いなくEspeciaだった。それと同時に日本においては早すぎた存在だった。

そんな製作陣に対してメンバーは、パーソナルな一面を潜ませ純粋にパフォーマンスを追求する。運営の悪ふざけにも真面目に取り組むギャップ、そして徐々に表現力が楽曲に追いついていく成長過程が新しい魅力を生み出していたことも確かだろう。圧倒的にかわいいたぬき顔もいた。しかしアイドル戦国時代と呼ばれるだけあり数々のグループが現れては消えていく状況が続いていた。それは彼女たちに関しても同様で、メンバーの脱退、メジャーデビュー、過酷な全国ツアー、そして東京への拠点移動となってもずっと立ち止まれないままだった。
そして2016年6月。大きな決断のあとの第2章始動。奇しくも「海辺のサティ」から始まった渋谷Club Asiaのステージは、その変貌に対する困惑よりも彼女たちのライブを初めて観たあの日と同じ高揚感を与えてくれたことを覚えている。

第2章始動後に公開された『Mirage』でのカムバックは多くの称賛と共に迎えられた。Robert Glasper以降のJazz The New Chapter、またはKingに例えられるような浮遊感のあるSoul/R&Bなどを引き合いに出すのは容易かもしれない。しかし引用元はいくつか見当たりつつも比較対象の見つからない別物のポップスとしてそれは成立していた。「Savior」「Nothing」は第1章のテイストを確実に受け継いでいるし、Neo Soul感を漂わせつつTrapを通過したビートアプローチをみせる「Helix」は桁違いのクオリティだった。
『CARTA』でもその傾向は部分的に見えていたものの、日本のポップスが到達できていないところへ手をつけたのが彼女たちだったことが少し誇らしくもあった。今となってはWONKやNulbarich、よりミニマルなyahyelなども含めメディアで特集が組まれるほど大きな動きとなっているが、そこにEspeciaの名前が並べられることは少ない。その場所は彼女たちにとって既に通りすぎた道だからだ。

続く『Danger』でのKai Takahashi共作は、先を行きすぎた立ち位置から横への広がりを期待させるものだった。第2章始動時に観たLucky Tapesのライブは確かに素晴らしかったし、City Popなバンドとの交流によって新たな刺激が双方に与えられるのではと。さらに今年は先述したNeo Soulなバンドがシーンの中心となるのだろう。そのどちらの要素も兼ね備えた彼女たちがシーンをクロスオーバーさせることになるのではという期待も膨らませた。
そしてLucky Tapesとの2マンとして組まれた『Danger』リリースライブ。WONKとの邂逅を予感させるようにSax.安藤康平含む新メンバーでのバンドセットは、第2章ベストライブという声も上がるほどの大盛況。ますます次の一手が期待される中、あの日からちょうど1年後に発表された重要なお知らせには言葉がなかった。Especiaは最後まで日本において早すぎた存在としてその活動を終えることが決まった。

もし『Danger』の次があったとしたら、どのようなサウンドを聞かせてくれたのだろう。『Mirage』路線を深めたNeo Soul? もしくはDrakeがトレンドに持ってきたReggae? Chance The Rapperを筆頭に盛り上がっているGospel HipHopだったかもしれない。しかしそれは誰にもわからないことだ。もうEspeciaの新曲を聞くことができないということが寂しくてたまらない。これほどまでに熱中出来るものと出会えるとは思ってもみなかった。そしてそれがまさかガールズグループだったということも。

Especiaに出会ったあの日からオンラインでもオフラインでも充実した生活を送ることができた。行ったことのない街で様々な人と出会い同じものを追いかける日々は本当に楽しかった。現場がなくなるということはもう会えなくなってしまう人が少なからずいると考えると寂しくもある。ネット上に散らばる無数の情報の中からEspeciaを見つけ出したことを誇りに思う。そして最後までぶれずにEspeciaらしいスタイルを貫き通してくれた製作陣に感謝を。きっとEspeciaが残したものは様々なかたちでこの先も影響を与えていくはずだ。
メンバーとの交流に心を救われたことも多々ある。同じCDを複数枚買わされたことも今となっては良い思い出だ。当初は音楽を中心としたコンテンツ性に惹かれたものの、最終的には彼女たちの夢をサポートしたいという気持ちに至った。特に第2章では大きく環境が変わることによるもどかしさもあったと思うが、それでもEspeciaを続ける選択をしてくれた3人にありがとうとお疲れさまを。小さい頃から人前で歌うことが夢だったと涙ながらに話す彼女たちの夢が、かたちを変えるとしても続いていくことを願ってやまない。またどこかで。Hasta la vista, muchas gracias Especia!